大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和49年(行ウ)4号 判決 1981年3月06日

原告 大嶋正

被告 右京税務署長

訴訟代理人 細川俊彦 西峰邦男 大橋嶺夫橋本敦高田正子 外三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  左京税務署長が原告に対しなした原告の所得税についての次の各処分(以下「本件各処分」という。)を取消す。

(一) 昭和四三年分所得税の昭和四六年七月一〇日付更正処分及び過少申告加算税の賦課決定

(二) 被告の昭和五三年一一月九日付再更正処分及び過少申告加算税の賦課決定により減額更正された昭和四四年分所得税の昭和四六年七月一〇日付更正処分及び過少申告加算税の賦課決定

(三) 被告の昭和五三年一一月九日付再更正処分により減額更正された昭和四五年分所得税の昭和四六年七月一〇日付更正処分及び過少申告加算税の賦課決定

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、学校法人同志社の設置する大学(以下「同志社大学」という。)の教授であるが、右大学において比較文学を講義するかたわら、学校法人立命館の設置する大学(以下「立命館大学」という。)、学校法人大阪学院大学の設置する大学(以下「大阪学院大学」という。)及び学校法人天理大学の設置する大学(以下「天理大学」という。また、立命館大学、大阪学院大学及び天理大学を総称して「本件三大学」ともいう。)から非常勤講師として講義の委嘱を受け、非常勤講師料として別表一のとおりの各手当(以下「本件手当」という。)を受けていた。

2  原告は、昭和四三年分ないし昭和四五年分(以下「本件各係争年分」という。)の各所得税の確定申告において、本件手当を雑所得とし、別表二の(一)のとおり確定申告をしたところ、承継前の被告左京税務署長は本件手当をすべて給与所得と認定し、昭和四六年七月一〇日付で別表二の(二)のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。原告は、これに対し同月三〇日付で異議申立をしたが、左京税務署長により同年一〇月二八日いずれも棄却されたので、更に、同年一一月二五日付で国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は昭和四八年一〇月二六日付で別表二の(四)のとおり昭和四四年分所得税について一部取消し、昭和四三年分及び昭和四五年分各所得税についていずれも棄却する旨の裁決をし、その謄本は数日後原告に送達された。その後、原告は肩書地に住所を移転したが、原告の納税地を所轄することとなつた被告は昭和五三年一一月九日付で別表二の(五)のとおり昭和四四年分及び昭和四五年分各所得税について一部を減額する再更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。

3  本件手当は所得税法上雑所得となるものであつて、給与所得ではない。

(一) 本件手当は、原告が同志社大学から受ける常勤の給与とは異なり、その性格において固定性・継続性に欠けている。

すなわち、本件手当は、講義の時間数に基づいて支払われ、休講・休暇に対しては減額されるのが原則であり、賞与も支給されず、病気等の理由で休講になれば直ちに手当を打切られる。

この意味において、本件手当は講義の時間数に応じた対価であり、固定的・継続的な性格を有するものでない。

(二) 非常勤講師の地位は委嘱する大学の従属的服務関係にあるとはいえず、その職務遂行にあたつての計算と危険はあげて非常勤講師の負担となる。

専任の教員との比較において明瞭に区別される次の諸要素は、所得発生の環境が違うことを示すものである。

(1) 健康保険をはじめ、失業保険、厚生年金保険等の各種保険の対象とされず、共済組合の組合員資格もない。

(2) 労使関係を前提とする職員組合の組合員にもなれず、就業規則の適用下になく、また、退職金も支給されない。

(3) 担当する講義に対して実質的に経費に該当する研究室、研究費等は一切与えられない。

(4) 教授会への出席権も出席義務もなく、ただ大学が定めたカリキユラムの一部を委嘱されるにすぎず、その編成義務もない。これは右に述べた所得環境の反面であつて、本来的に非常勤講師が独立した計算主体であることを予定している。

また、原告の講義内容がスペイン語、比較文学等専門分野における知識の提供であり、その労務内容は非代替的な性格を有するものであつて、「従属的服務関係」の概念になじまない。

これらの意味において、大学の委嘱する講義を担当するという限度において従属的ではあつても、大学との関係は本質的に独立的である。

(三) 一般に「講演料」と呼ばれる収入は雑所得とされている。非常勤講師料は実質において講演料と同じ性格のものである。名目上の差異によつて所得の種類を異にすることはできない。

4  非常勤講師料を給与所得と扱うか、雑所得として扱うかは各課税庁によつて分れている。同じ非常勤講師料でありながら、課税庁または納税者の違うことのために、あるいは年度の違うことによつて取扱いを異にすることは租税平等主義、租税法律主義に反する。

5  右のように課税庁ですら非常勤講師料の性格について曖昧な取扱いをしている。仮に曖昧なものとすれば、それは所得税法が利子所得等九種の概念を定め、雑所得をその「いずれにも該当しない所得」と定めていることからみて、雑所得と解すべきである。税法の解釈として注文言が多義的であつたり、具体的な所得の認定要素に照らして法文に適合しないときは、納税者の有利に、または納税者の自主決定に委ねられるべきである。

(一) 「疑わしきは国庫の不利益に、疑わしきは課税しない。」との解釈原理

憲法三〇条(納税の義務)、八四条(租税法律主義)の規定に照らしこの解釈原理が導かれる。本件の如く、課税庁たる税務署すら取扱いを異にしてきた所得の性格は、すでに給与所得概念の法文言に適うとはいえず、解釈上の疑わしさを否定し得ぬところである。内容を規定されざる雑所得と解することによつて、原告は必要経費の控除を認められ(所得税法三五条二項)、自らに有利となる。

(二) 納税者の自己決定権の法理

前記の解釈原理を納税者の権利という観点で論証をすることも可能である。すなわち、税法の文言に照らして、所得の性格を決定する第一次的な判断は納税者に委ねられていると解すべきである。国税通則法一六条に定める申告納税方式はその表現として理解しうる。

6  左京税務署長は、原告の昭和四三年分及び昭和四四年分の各所得税につき、それぞれの確定申告後六カ月余りたつて、原告の確定申告に基づいて算定した還付金を払戻した。原告は、昭和四五年分についても、右還付金の払戻しの措置を信頼して、同様に雑所得として確定申告した。還付は納税者の申告に対し内容上の判断を加えて行なうものである。このように、左京税務署長は、一旦は本件手当を雑所得として扱いながら、後に更正処分をなし制裁金たる過少申告加算税を賦課したものであり、これは信義誠実の原則に徴し違法である。

7  本件手当は、前述したとおり雑所得に該当するものと解すべきところ、その所得額算定にあたり適用すべき所得標準率は、昭和三二年三月一日付直所五―五「印税及び原稿料の所得標準率の適用について」国税庁長官通達(以下「本件通達」という。)により五六パーセントとするのが相当である。

大学で講義することは多年に亘る研究の結果を発表することであるが、絶えず進歩向上する学問に遅れをとらぬためには日常の絶えざる努力研鑚が必要であり、講義用ノートを作成するにも多くの文献にあたり、研究、整理し、見解をまとめなくてはならない。しかも、原告が同志社大学及び本件三大学で講義した内容はそれぞれに異なつており、原告はこれらを年々更新し、その都度テキスト作成に追われてきた。非常勤講師が講義するまでのこのような過程は、執筆・著述により原稿料等をうる場合と何ら異なるところがない。

したがつて、本件手当についても税法上同様な取扱いを行なうべきである。

しかるに、左京税務署長は、本件手当を給与所得として右所得標準率を適用しないばかりか、原告の本件各係争年分における所得のうち、左京税務署長において雑所得と認めた原告の原稿料等についても、その算定にあたり、本件通達から導き出される必要経費率四四パーセントを下まわる率を適用したものであることは明らかであり、この点においても本件各処分は違法たるを免れない。

8  以上によれば、本件各処分はいずれも違法であるので、原告の現在の納税地を所轄する被告に対し、その取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の冒頭部分の主張は争う。

3  同3(一)のうち、本件手当が講義の時間数に基づいて支払われたこと、賞与が支給されていないことは認め、その余の事実は否認し、本件手当が固定性・継続性を有しないとの主張は争う。そもそも所得税法二八条一項所定の「給与等」について必ずしも固定性・継続性を要するものと解すべき理由はない。しかも、本件手当は、いわゆる「出来高払い」でなく、所定の講義の時間数に基づいて支給されたもので、休講・休暇があつても減額されなかつた点で明白に固定性を有し、かつ、立命館大学及び大阪学院大学から支給された本件手当は本件各年間を通じて毎月所定の日に継続的に支給されたものであり、天理大学から支給された本件手当も臨時、偶然に支給されたものでなく、昭和二九年六月から特定の時期に継続的に支給されたものの中の昭和四三年分及び昭和四五年分である点において、いずれも確実に継続性を有する。

4  同3(二)の主張はいずれも争う。原告主張の(1)ないし(3)の点は所得自体の発生態様または性質の如何とは全く関係がない。原告が本件三大学において健康保険、厚生年金保険の被保険者とされず、私立学校教職員共済組合の組合員資格を有しないのは、原告が同志社大学において同志社健康保険組合の組合員であり、かつ、厚生年金保険の被保険者であつたから、法律上適用を除外されていたものである。また、失業保険の被保険者とされない点は専任の教員も同様である。原告が本件三大学において、職員組合の組合員資格を有しないこと、就業規則を適用されないこと及び退職金も支給されないことは、いずれも原告と本件三大学との間の各兼任講師委嘱契約が雇傭またはこれに類する契約であることにつき、何ら影響を及ぼすものでない。原告は本件三大学の定めたカリキユラムの一部を委嘱されるにすぎないからこそ、原告の労務の提供自体は本質的に非独立的なものであり、原告主張の、研究室の貸与や研究費の支給もないこと、教授会への出席権・出席義務もなく、カリキユラムの編成義務もないことは、労務の提供自体の独立性の有無とは本質的には関係ないが、教授会への出席権・出席義務やカリキユラムの編成義務のある専任の教員と比較すれば、原告の本件三大学に対する服務関係の従属性の程度はより強度であり、原告の労務の提供自体は、著しく非独立的であるといいうる。また、雇傭契約の目的たる労務の種類には制限がなく、いわゆる高級労務または自由労務も雇傭の目的となる。したがつて、原告と本件三大学の間の各兼任講師委嘱契約はいずれも正に雇傭契約であり、原告の受けた本件手当はいずれも右雇傭契約に基づき、非独立的に提供された労務の対価として受けた報酬である。

5  同3(三)のうち、本件手当が実質において講演料と同じ性格のものであるとの点は否認する。また、講演料名義のものでも必ずしも雑所得とされるとは限らない。

6  同4の主張は争う。本件の如き、大学の非常勤講師としての勤務に対する手当を給与等の収入金額として処理することは、各課税庁によつて取扱いを異にしていない。

7  同5の主張はいずれも争う。所得税法二八条の意義は明確であり、かつ、本件手当が右法条に適合することも明白である。

8  同6のうち、左京税務署長が原告の昭和四三年分及び昭和四四年分の各所得税について原告に対し還付金を支払つたことは認め、その余の主張は争う。左京税務署長は、原告の昭和四三年分所得税について予納税額の控除不足額一万三一〇〇円に相当する予納税額を昭和四四年四月一八日に、昭和四四年分所得税について源泉徴収税額の控除不足額一万三二八七円に相当する所得税を昭和四五年一〇月一四日に、それぞれ原告に対して還付金支払通知書を発送して支払つたが、そもそも所得税の還付は、確定申告書の提出があつた場合において、当該申告書に所定の金額の記載があるときに、当該金額に相当する所得税を還付するものであり(所得税法一三八条一項)、当該申告書に記載された各所得の存否、種類についてまで調査して行なうものではなく、原告に対する右還付金についても、左京税務署長は、単に原告の確定申告書に記載された所定の金額に相当する所得税を還付したにすぎず、本件手当を雑所得と判定した訳ではない。

9  同7の主張は争う。

三  被告の主張

1  大学の「講師」の概念について

学校教育法五二条によれば、「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究……させることを目的とする。」ものであり、大学設置基準(昭和三一年文部省令第二八号)五条によれば、「大学は、その教育研究上の目的を達成するため、学科目制又は講座制を設け、これらに必要な教員を置くものとする。」とされている。

しかして大学は、所定の基準に従つて授業科目を開設し(同一八条以下)、各授業科目の単位数を大学において定め(同二五、二六条)、一の授業科目を履修した者に対しては、試験のうえ単位を与える(同三一条)。

他方、学校教育法五八条によれば、大学には「講師」を置くことができ、「講師」は、教授または助教授の職務に準じて、学生を教授しその研究を指導しもしくは研究に従事し、またはこれらを助ける職務に従事する者である。したがつて、大学設置基準六条によれば、大学がその教育研究上の目的を達成するために必要なものとして定めた学科目は、まず、専任の教授または助教授が担当するものとされ、場合により、専任の講師または兼任の教授、助教授もしくは講師がこれを担当することができるものである。

「講師」の資格は、大学設置基準一五条によれば、同一三条または一四条に規定する教授または助教授となることのできるもの、あるいはその他特殊な専攻分野について教育上の能力があると認められる者であるが、同一〇条によれば、教授等の教員は一の大学に限り専任教員となるものとされているから、「講師」も一の大学において専任教員となつていれば、他の大学においては、「兼任講師」となる。

2  原告の地位について

原告は、昭和四三年ないし四五年当時、同志社大学に専任教授として勤務するかたわら、本件三大学において、兼任講師の地位にあつた。

3  学校法人立命館との関係について

(一) 兼任講師の委嘱

(1) 学校法人立命館は、昭和四二・四三年ないし四五年当時、通例、次の如き手続及び内容により、兼任講師(=非常勤講師)を委嘱していた。

すなわち、立命館大学においては、毎年四月からの学年度の開始前に、大学設置基準第六章ないし第九章の規定に従つて、当該学年度の授業計画を編成するが、この授業計画編成の過程において、各学部の事務当局者が兼任講師の候補者との間で、同候補者に非常勤講師を委嘱すること、講師として担当すべき授業科目、授業時間数、授業日、委嘱の期間、報酬の金額等について折衝を行なつたうえ、非常勤講師の委嘱について内諾を得る。右内諾を得た場合には、立命館大学総長が講師予定者の本務校たる大学の学長に対し、「非常勤講師の委嘱について(依頼)」と題する文書により、講師予定者に非常勤講師を委嘱することについての承諾を求める。右依頼文書には、講師予定者に非常勤講師を委嘱することの承諾を求める旨及び担当授業科目、担当時数、委嘱の期間(原則として当年四月一日から翌年三月三一日までの一年間)、手当の額が記載されている。右依頼に対して、相手の学長から、「非常勤講師の委嘱について(回答)」と題する文書により、右委嘱することについての承諾を受けた場合には、各学部教授会及び大学協議会の議を経たうえ、最終的に理事会が、当該講師予定者に講師を委嘱することを決定し、原則として、学校法人立命館が、当該講師に対し、「発令通知書」を交付して、同大学講師を委嘱する。右「発令通知書」には、当該講師に立命館大学講師を嘱託する旨及び勤務すべき学部名が記載されている。

(2) 原告も、昭和四二・四三年ないし四五年当時、学校法人立命館から、毎年右の如き手続により、立命館大学の別に定める日時、教室において、同大学法・経営・産業社会・文の各学部の学生に、スペイン語及び比較文学の授業科目の講義を行ない、これに対して所定の報酬を受けるべき講師を委嘱されていた。

(二) 服務及び報酬

(1) 原告は立命館大学において、毎年四月より翌年三月までの学年度の祝日、夏季冬季等の休暇その他の休校日を除き、昭和四二・四三年度には毎週二日(月、水曜日)、昭和四四年度及び昭和四五年度には毎週三日(月、水、金曜日)の割合により、所定の時間、所定の教室で、同大学の学生に対し、スペイン語及び比較文学の講義を行ない、各期末には、右各科目の試験につき出題と採点を行なつていた。

なお、原告は、昭和四三年度には計九日、昭和四四年度には計一二日、昭和四五年度には計七日、各休講した。

(2) 原告は昭和四三ないし四五年を通じて、学校法人立命館から、右講師としての勤務に対する報酬として、同法人の館則中の「非常勤講師の給与に関する規定」及び「学外講師の旅費に関する件」の規定に従い、講義一週一時間につき二四〇〇円の割合による「手当」及び一か月六〇〇円の割合による「車馬賃」を、毎月二〇日(休日等のときには前日)に支給された。

右金額は、夏季冬季等の休暇中でも支給され、休講等があつても、減額されることがなかつた。

右手当の合計は、昭和四三年分が二八万八〇〇〇円、昭和四四年分が三三万一二〇〇円、昭和四五年分が三四万五六〇〇円であつた。

4  学校法人大阪学院大学との関係について

(一) 兼任講師の委嘱

(1) 学校法人大阪学院大学においても、昭和四二・四三年ないし四五年当時、前期学校法人立命館におけると全く同様の手続により、当該講師に対し、「辞令」を交付して大阪学院大学講師を委嘱していた。右「辞令」には、当該講師に同大学講師を委嘱する旨、委嘱する期間(一年間)及び手当月額が記載されている。

(2) 原告は、右当時、学校法人大阪学院大学から、毎年右の如き手続により、同大学の別に定める日時、教室において、同大学の学生に、スペイン語の授業科目の講義を行ない、これに対して所定の報酬を受けるべき講師を委嘱されていた。

(二) 服務及び報酬

(1) 原告は、大阪学院大学において、毎年四月より翌年三月までの学年度の祝日、夏季冬季等の休暇その他の休校日を除き、昭和四二・四三年度には毎週二日(金、土曜日)、昭和四四年度及び昭和四五年度には毎週一日(土曜日)の割合により、所定の時間、所定の教室で、同大学の学生に対し、スペイン語の講義を行ない、各期末には、右科目の試験につき出題と採点を行なつていた。

なお、原告は、昭和四三年度には、計五日休講した(他の学年度については不明である。)。

(2) 原告は、昭和四三ないし四五年を通じて、学校法人大阪学院大学から、右講師としての勤務に対する報酬として、月額三万五〇〇〇円の「手当」を、毎月二五日頃に支給された。

右金額は夏季冬季等の休暇中でも支給され、休講等があつても、減額されることがなかつた。

右金額の合計は、昭和四三年分及び昭和四四年分が各四二万円、昭和四五年分(三月まで)が一〇万五〇〇〇円であつた。

5  学校法人天理大学との関係について

(一) 兼任講師の委嘱

(1) 学校法人天理大学においては、昭和四三年ないし四五年当時、毎学年度の開始前に授業計画を編成する過程において、兼任講師の候補者から、講師委嘱の内諾を得た場合には、当該科目の所属学科の主任が学長に内申し、学長が理事長に「嘱託委嘱願」を提出して、理事長がこれを決裁したうえ、当該講師に対し、天理大学講師を委嘱する旨の「辞令」を交付して、同大学講師を委嘱するが、当該講師の本務校の学長から兼任講師委嘱の承諾を得る手続は、当該講師からの希望申出がない限り、行なわないことになつていた。

また、兼任講師は、一旦委嘱すれば、特に解嘱されない限り、毎学年度に当然に更新され、引続いて委嘱されているものとされている。

(2) 原告は、同法人から、昭和二九年六月一日、右の如き手続により、同大学のイスパニヤ語の講師を委嘱されて以来、昭和四三年ないし四五年当時にも、同大学の別に定める日時、教室において、同大学の学生に、イスパニア文学IIの授業科目の講義を行ない、これに対して所定の報酬を受けるべき講師を委嘱されていた。但し、同志社大学の学長から兼任講師委嘱の承諾を得る手続は、行なわれていない。

(二) 服務及び報酬

(1) 原告は、天理大学において、昭和四〇年度までは、毎学年度毎週二日出講していたが、その後、授業の方法が集中講義によるものとなり、昭和四三年度には、七月に四日間で一単位、九月に三日間で一単位(計七日間で二単位)の、また、昭和四五年度には、七月に三日間で一単位、九月に三日間で一単位(計六日間で二単位)のイスパニア文学の集中講義を、所定の日時、教室で、同大学の学生に対して行ない、右科目の試験につき出題と採点を行なつていた。

なお、昭和四四年度には、原告の担当授業科目が開設されなかつたので、原告は、授業を担当しなかつた。

(2) 原告は、学校法人天理大学から、右講師としての勤務に対する報酬として、昭和四三年には授業一単位につき一万円の、昭和四五年には授業一単位につき一万七二八〇円の各割合による「講義料」を、各月の集中講義終了日頃に支給された。

右金額の合計は、昭和四三年分が二万円、昭和四五年分が三万四五六〇円であつた。

6  「給与所得」の意義について

所得税法二八条一項によれば、「給与所得」とは、俸給、給料、賃金、歳費、年金(過去の勤務に基づき使用者であつた者から支給されるものに限る。)恩給(一時恩給を除く。)及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下「給与等」という。)に係る所得である。

右「俸給」以下は、例示列挙であるから、これらの例に鑑みれば、右「給与等」とは、「雇傭またはこれに類する原因に基づき、非独立的に提供される労務の対価として受ける報酬及び実質的にこれに準ずべき給付」を意味するものである。

7  本件手当の性質について

(一) 「兼任講師」は、大学設置基準一〇条により、一の大学において専任の教授、助教授または講師となつている者が、他の大学において講師となる場合の地位であるが、本件三大学においては、「非常勤講師」と通称されている。

したがつて、本件においては、原告のいわゆる「非常勤講師」と「兼任講師」とは、同一のものである。

(二) しかして、本件三大学と原告との間の前記各兼任講師委嘱契約は、いずれも雇傭契約または少くともこれに類する契約に該当し、原告の本件三大学における各服務は、いずれも、右各契約に基づき、非独立的に提供された労務であり、本件手当は、いずれも、右各契約に基づき、右各労務の対価として受けた報酬である。

(三) 本件手当が給与所得に該るものであることは、次の点からも明らかである。

(1) 非常勤講師にせよ、専任教員にせよ、その主たる職務は、大学が定めたカリキユラムに従つて学生を教授、指導することにある。大学教育の高度の専門性に鑑みて、大学は詳細な授業内容について干渉することなく、専ら教授するものの識見を信頼して広範な裁量権を与えているのが現状である。しかしながら、大学側は、現実には抽象的な形に止まつている場合が多いとはいえ、非常勤講師、専任教員に対して使用者としての指揮監督権を有していることは歴然たる事実である。

(2) 本件三大学は、原告に非常勤講師を委嘱するにあたり辞令を交付しているが、この要式は私立大学が専任の教員となろうとするものとの間で雇傭契約を締結するときに用いている「辞令交付」と同一の形式である。もし、非常勤講師の勤務形態が請負契約であるのならば、本件三大学は原告との間で契約の事実を証するために請負契約書を作成した筈のものであるが、敢えてこの方式をとらず、雇傭契約の締結のときに用いられている「辞令交付」の方式によつて委嘱の事実を証したことは、原告と本件三大学との間の契約内容の実質が雇傭契約にほかならないとすべての関係者が理解していたからである。

(3) 非常勤講師は、火急の用務等自己の都合により、学生に対し所定の講義をしなかつた場合においても、委嘱時に定められた手当を減額されることはなく、専任教員の場合と同一の取扱いがなされている。

(4) 非常勤講師に対しても、賞与、退職金が支給され、専任教員との待遇面の格差の解消が図られている場合がある。

専任教員に対しては一般的に賞与、退職金が支給されているが、非常勤講師に対してはこれらの諸手当が支給していないのが多いようである。しかしながら、非常勤講師に対しても僅かとはいえ、これらの諸手当を支給している大学もある。

すなわち、武蔵野大学では、非常勤講師が一年間を通じて講義を授けたときには、一二月に一か月分の賞与を支給し、高野山大学では、非常勤講師が一年間を通じて二〇回講義を授けたときには、一か月分の賞与を支給し、二一回以上講義を授けたときには、右額に講義一回について二〇〇〇円を加算して支給している。

また、東京経済大学では、非常勤講師が、

満五年以上勤続して退職した場合には、退職一時金として退職時に二万円を支給し、

満一〇年以上勤続して退職した場合には、退職一時金として退職時に五万円を支給し、

満二〇年以上勤続して退職した場合には、退職一時金として退職時に一〇万円を支給している。

巷間、一回限りあるいは数回にわたつて講演がなされる場合、その講演者に対して賞与ないし退職金が支給されることが全くないのに反し、現段階では例外であるとはいえ非常勤講師に対してこれらの手当が支給されている例があることは、大学が非常勤講師の勤務形態が専任教員のそれと類似することを認識しているからにほかならない。

(5) 非常勤講師が大学から各種の手当・研究費を受けないということ、研究室の貸与がないこと等は、非常勤講師が大学との間で委嘱された学科につき、定められた時間及び期間に限つて講義を行なうという内容の契約をすることから必然的に導かれるものである。それであるから、非常勤講師は、大学運営に参画する義務、学生の生活補導をする義務等からも解放され(正確に言えばもともとこのような義務を負つていない。)、当該指定された講義を行なう時間以外には一切の拘束を受けない。

専任教員と非常勤講師とは、学生に対して一定内容の講義をすることに限定すれば、提供するサーヴイスの内容は同一であるにも拘らず、その勤務形態、処遇等に差異はあるが、差異があることをもつて非常勤講師が給与所得者である専任教員とは別異の契約を大学と締結していること、したがつて非常勤講師が大学から受ける報酬が、給与所得に該当しないとの結論に至るのは論理の飛躍ないしすりかえである。

端的にいえば、事実を客観的にとらえると、大学において、学生に同一の講義を教授する者の勤務形態については、専任教員と非常勤講師との二とおりがあるということに帰する。前者は、フル・タイムで大学のために稼働する義務を負い、それ故に学生に講義を授けるほかにも、学生の生活一般の指導する義務を負い、また、学校運営に参画する権利を有し義務を負う職種であるのに対し、後者は、大学との間で定められた時間及び期間にのみ講義をする義務を負う反面、それ以外の時間は、学生の生活指導、学校運営への参画等の義務をもともと課されない職種である。

(6) 同一の労務を提供する被用者の間において、処遇上少くない差異があることは巷間多数の例があるところである。臨時工は、本工と完全に同一の労務に従事する場合であつても、諸手当・宿舎等の支給を受けることなく、また、私物を保管するための専用のロツカーを貸与されないこと等その処遇が著しく劣悪な場合がある。更に昨今、家庭の主婦がスーパーマーケツトや百貨店などでパート・タイマーとして短時間の勤務につく例を多くみる。この場合もいわゆるフル・タイムの従業員と殆んど同一の労務を提供している。しかるに臨時工、パート・タイマーは、その勤務時間ないし期間が本職員と比較して著しく短期間であるとはいえ、使用者との間で雇傭契約を締結し、現に使用者の指揮のもとに従属的労働に服していること、そして税法上は給与所得者に該当することは疑いがない。

こと民法上の契約の形態を考察する以上、大学の非常勤講師の専任教員に対する関係は、臨時工あるいはパート・タイマーの本職員に対する関係と同じであつて、非常勤講師は臨時工あるいはパート・タイマーと等しく、使用者との間で雇傭契約で結ばれているものと断ぜざるを得ない。

以上の次第で、非常勤講師は、専任教員と諸々の勤務条件で差異はあるものの、税法上給与所得者であつて、講義をしたことの対価として大学より受ける報酬は給与所得に該当するものであることが明らかである。

(7) 民法上の委任契約が締結され、受任者が委任者より収得する報酬が税法上給与所得に該当する場合がある。例えば、法人の役員は、法人との間で委任契約を結び、法人の機関として活動するものであるが、その対価として役員が法人より受ける報酬は税法上給与所得に該当することは確定した取扱いであつて争いがない。この例をみても、民法上の委任契約に該当することをもつて直ちに受任者が委任者より収得する対価が税法上の給与所得に該当しないと結論づけることは誤りである。

(四) 以上によれば、本件手当はいずれも前記「給与等」であるから、これらに係る所得はいずれも所得税法二八条一項所定の「給与所得」に該当することが明らかであり、したがつて、同法三五条所定の「雑所得」に該当しない。

8  信義則違反の点について

(一) 私法上の概念である信義誠実の原則を、租税法においても私法上と同じような適用をみるかは、問題がある。

思うに、まず租税法律関係においては、法定の課税要件を充足する事実の発生によつて、法律上当然に債権債務が発生するのであつて、納税義務者あるいは課税庁の言動を基礎にして法律関係が形成されるのではない。また、租税法律主義の内容の一つとして合法性の原則があるが、課税庁は法律に定められているところに従つて租税法を執行する義務を負つているのであるから、信義誠実の原則によつて租税法律の適用を修正することは許されない。このような理由から、租税法の分野において、私法上発達してきた法理である信義誠実の原則を直ちに持ち込むことについては、論者の批判のあるところである。

(二) 仮に租税法の分野において信義誠実の原則の適用があるとしても、本件について、被告には何ら信義誠実の原則に悖る行為をしたことはないのであるから、被告が、原告が大学から受けた報酬は給与所得であると判断してなした本件各処分は適法である。

ところで、租税法における信義則とは、「自己の言動(表示)により他人をしてある事実を誤信せしめた者は、その誤信に基づき、その事実を前提として行動(地位・利害関係を変更)した他人に対しそれと矛盾した事実を主張することを禁ぜられる。」という内容でとらえられている。これは英米法における表示による禁反言の法理とおおむね同一のものといえよう。しかるに被告は、いまだかつて原告に対して非常勤講師として受ける報酬が給与所得に該当しないとの表示をしたことはない。

この点について原告は、被告が昭和四三年分及び昭和四四年分の各確定申告により生じた各還付金をそれぞれ原告に対して還付したのち、昭和四六年七月一〇日付で本件各処分をなしたことをとらえて、信義誠実の原則に徴して違法だと主張するが、原告が主張する還付した事実は所得税法一三八条一項により還付金を還付したのであつて、被告は原告に対し非常勤講師の受ける報酬は給与所得でないと表示したことはない。

また、現実に課税要件が充足されたときに、税務行政庁がこれを看過して長年課税してこなかつたという不作為の事実状態が継続した場合であつても、このような不作為ないし事実状態をもつて信義則にいう言動に該当するとは解し得ない。蓋し、租税法律関係は、所得税に限定してみても例年約一一〇〇万件という膨大な確定申告書が提出されているが、限られた税務職員がそれらの申告内容の正否を審査するのであるから、いきおい当初から限定された確定申告書しか審査し得ないことは自明の理である。しかるに現行のこのような審査制度は徴税費用の節減を図るうえからも合理的なものとして肯定されよう。

このように制度として、税務職員がすべての確定申告書について申告内容が正当であるかを吟味することが到底できない状況にあるので、課税庁が長期間にわたつて誤つた確定申告を看過したところで課税庁が、当該確定申告の内容が正当であると是認したことになるわけではなく、また、黙認したことにもなるわけでもないことは明らかである。したがつて長年月の間、課税庁が課税を怠つてきたという不作為の事実をもつてして課税庁が一定の言動をしたと評価されるべきものではない。

(三) 本件昭和四三年分の前年分までにおいては、原告の非常勤講師としての勤務に対する報酬は、次のとおりに処理されてきたものであり、この点からも本件各処分には何ら信義則違反の事実はない。

(1) 昭和三八年分

原告が、給与等の収入金額に算入して確定申告書を提出した。

(2) 昭和三九年分

原告が確定申告書を提出しなかつたので、被告が給与等の収入金額に算入して決定し、同決定につき、不服審査手続を経て取消訴訟が係属したが、原告は、給与等の収入金額に算入されたことについては、全く争わなかつた。

(3) 昭和四〇年分

原告が、給与等の収入金額に算入して確定申告書を提出した。

(4) 昭和四一年分

原告が雑所得に係る収入金額に算入して確定申告書を提出したので、被告が、給与等の収入金額に算入して更正し、異議申立に対する棄却決定を経て、審査請求に対する棄却裁決により確定した。

(5) 昭和四二年分

原告が、給与等の収入金額に算入して確定申告書を提出した。

9  総所得金額の内訳について

原告の本件各係争年分における総所得金額は、以下にみるとおり給与所得金額と雑所得金額を合計したものであり、昭和四三年分が二八七万二八六二円、昭和四四年分が二九三万六三四三円、昭和四五年分が二八四万三七七三円であり、これと同額またはその範囲内でなされた本件各処分はいずれも適法である(別表三参照)。

(一) 昭和四三年分

(1) 給与所得金額      二七七万八一四〇円

給与等の収入金額(<1>)から給与所得控除額(<2>)を控除した金額である(以下同じ)。

<1> 給与等の収入金額 三〇四万三一四〇円

<イ> 同志社大学   二三一万五一四〇円

<ロ> 立命館大学    二八万八〇〇〇円

<ハ> 大阪学院大学   四二万    円

<ニ> 天理大学      二万    円

<2> 給与所得控除額   二六万五〇〇〇円

(2) 雑所得金額         九万四七二二円

総収入金額(<1>)から必要経費(<2>)を控除した金額である(以下同じ)。

<1> 総収入金額       一二万三五九〇円

<イ> 重版本印税―白水社   七万三〇九〇円

<ロ> 原稿料―近畿観光    三万二五〇〇円

<ハ> ラジオ出演料―毎日族送   三〇〇〇円

<ニ> テレビ出演料―朝日放送   五〇〇〇円

<ホ> 同右―日本テレビ放送網 一万    円

<2> 必要経費         二万八八六八円

各収入金額に対する次の各経費率による。

<イ> 重版本印税      二〇パーセント

<ロ> 原稿料        三〇パーセント

<ハ> ラジオ・テレビ出演料 二五パーセント

<ニ> 講演料        二五パーセント

(二) 昭和四四年分

(1) 給与所得金額       二八二万二七四〇円

<1> 給与等の収入金額  三一七万〇七四〇円

<イ> 同志社大学    二四一万九五四〇円

<ロ> 立命館大学     三三万一二〇〇円

<ハ> 大阪学院大学    四二万    円

<2> 給与所得控除額    三四万八〇〇〇円

(2) 雑所得金額         一一万三六〇三円

<1> 総収入金額            一五万六二三三円

<イ> 重版本印税―白水社        二万二四〇〇円

<ロ> 原稿料―日本労働組合総評議会   二万一〇〇〇円

<ハ> 同右―小学館             二二二二円

<ニ> 同右―産業経理協会        一万    円

<ホ> 同右―毎日新聞          六万〇六一一円

<ヘ> テレビ出演料―毎日放送      三万    円

<ト> 講演料―日本労働組合総評議会   一万    円

<2> 必要経費              四万二六三〇円

昭和四三年分と同一の各経費率による。

(三) 昭和四五年分

(1) 給与所得金額             二八〇万二三九三円

<1> 給与等の収入金額        三二三万五八二六円

<イ> 同志社大学          二七五万〇六六六円

<ロ> 立命館大学           三四万五六〇〇円

<ハ> 大阪学院大学          一〇万五〇〇〇円

<ニ> 天理大学             三万四五六〇円

<2> 給与所得控除額          四三万三四三三円

(2) 雑所得金額                四万一三八〇円

<1> 総収入金額             五万五二〇〇円

<イ> 重版本印税―白水社        二万二四〇〇円

<ロ> 原稿料―政経通信社        二万二八〇〇円

<ハ> テレビ出演料―日本テレビ放送網  一万    円

<2> 必要経費              一万三八二〇円

昭和四三年分と同一の各経費率による。

10  雑所得の必要経費について

(一) 本件通達の三項は、「『業としない者』の所得標準率を適用すべき者のうち、教授、助教授等学術研究に従事している者がその研究の成果を発表した場合のように、研究費その他執筆に要した経費が、『業としない者』の所得標準率を適用すべき者の通常の経費に比し相当に多いと認められる場合には、『業としない者』の所得標準率のおおむね二割程度をしんしやくした所得標準率を適用してもさしつかえないこと。」と規定するが、被告が同規定を本件に適用できない理由は次のとおりである。

(1) 白水社からの印税

原告が白水社から取得した印税は、全額重版本によるものである。ところで、重版本が出版される場合は、初稿を執筆するときとは異なり、執筆者にはおよそ必要経費は全くかからないもので、昭和三一年度所得標準率による印税のうち、書きおろし以外の「その他(再版の場合)」に該当するとされている。それ故に原告の白水社からの印税収入については、本件通達の三項に規定する二割程度を加算した所得標準率を適用する余地はない。

(2) 近畿観光、日本労働組合総評議会、小学館、産業経理協会、毎日新聞社並びに政経通信社(以下「近畿観光ほか六社」という。)からの原稿料

原告が近畿観光ほか六社から取得した原稿料は、いずれも原告が別に提起した課税処分取消訴訟で体験した事実を記述したことに対して支払われたものであつて、そのために格別の学術書を購入し、資料を収集することが必要とされたわけではない。そもそも本件通達の三項は、学術研究の成果を発表する原稿については、一般的に割高の必要経費が余儀なくされることに鑑みて規定されたのであるところ、右原稿は原告の税務訴訟を通じて得た社会的体験を記述したものにすぎず、本件通達の三項の予定するところではない。

(二) ラジオ・テレビ出演料及び講演料に係る雑所得金額の計算に当り被告が二五パーセントの経費率を用いた根拠

所得金額の計算は、納税者の記帳に基づき算出されるべきものであるが、ラジオ・テレビ出演料等に係る雑所得についても、正確な記帳を基として申告が行なわれた以上は、当該申告額が認容されている。

ところで、原告のようにラジオ・テレビ出演料及び講演料に対応する必要経費を全く記帳せず、また、必要経費額についておよそ主張しない場合には、課税庁は、課税の公平を図るため、経験則に基づいて収入金額の二五パーセントぐらいであると判断して課税している。

なお、原告は、大学教授の職にあり、ラジオ、テレビへの出演を業としない者であるが、次に述べることから判断できるように、殆んど必要経費を出捐していないと推認される。

ラジオ局、テレビ局は、有職者に対し出演を依頼した場合には送迎の労をとるのが通常であるので、出演者がラジオ局ないしテレビ局に赴くために交通費を出捐することは皆無に近いのが実情である。

また、有職者として出演するものは、「シヨー・ビジネス」に携わる芸能人とは異なり、テレビに出演するために、衣裳、ヘア・デザイン、化粧等に特別の準備をすることはなく、したがつてこれらのことに関して支出を余儀なくされることもない。

更に原告は、ラジオ・テレビに出演して、専ら税務訴訟を通じて得た社会的体験を報告したにすぎず、出演のために格別、費用をかけて資料を収集したようなことは考えられないのである。

もし原告が被告の主張する経費率(二五パーセント)を超えて現実に必要経費を出捐したというのであれば、これは被告が知見しうることではないので、原告において主張・立証責任を負うとするのが、衡平の観念に叶つているというべきである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1につき、学校教育法及び大学設置基準の説明の限度において認める。但し、「兼任講師」なる用語の概念規定は不分明である。

2  同2のうち、兼任講師の地位にあつたとの点は否認し、その余は認める。原告は非常勤講師の地位にあつたものである。

3  同3(一)(1)のうち、兼任講師=非常勤講師とある部分は否認し、その余は認める。但し、本務校の学長に対する依頼、同学長の回答という手続が一般的に行なわれるとは限らない。(一)(2)のうち、原告に対する委嘱の手続についての主張は否認し、その余は認める。(二)(1)、(2)は認める。

4  同4(一)(1)、(2)のうち、委嘱手続についての主張は否認し、その余は認める。(二)(1)、(2)は認める。

5  同5(一)(1)のうち、委嘱手続については不知。一旦委嘱すれば、特に解嘱されない限り、毎学年度に当然に更新され、引続いて委嘱されているものとされているとの点は否認する。(一)(2)は認める。(二)(1)、(2)は認める。

6  同6は認める。

7  同7(一)は争う。「専任か兼任か」という概念と「常勤か非常勤か」という概念とは次元を異にするものであつて、同一ではない。(二)は争う。(三)(1)のうち、大学側が非常勤講師に対し使用者としての指揮監督権を有していることは歴然たる事実であるとの点は否認し、その余は認める。(三)(2)のうち、本件三大学が原告に非常勤講師を委嘱するにあたり辞令を交付し、その様式が専任教員に対するものとほぼ同一形式であることは認め、その余は争う。辞令の形式によつて非常勤講師契約の性質が決定されるものではない。(三)(3)は争う。各大学によつてその取扱いは区々である。(三)(4)のうち、専任教員に対しては一般的に賞与、退職金が支給されているが、非常勤講師に対してはこれらの諸手当が支給していないのが多いとの点は認め、その余は不知、仮に非常勤講師に対し諸手当を支給している事例があるとしてもその金額は微々たるものであり、専任教員に支給される賞与、退職金の性質を有するものではない。(三)(5)ないし(7)は争う。(四)は争う。

8  同8(一)、(二)は争う。(三)(1)ないし(5)は認める。

9  同9の本件各係争年分の総所得金額(給与所得金額、雑所得金額とも)は否認する。(一)ないし(三)の各(1)のうち、<1><イ>、<2>は認め、その余は否認する。(一)ないし(三)の各(2)のうち、<1>はいずれも認め、<2>は否認する。

10  同10のうち、本件通達の三項の規定が被告主張のとおりであることは認め、その余はいずれも争う。

第三証拠<省略>

理由

一  原告は、昭和四三年ないし昭和四五年(以下「本件係争年」という。)当時、同志社大学の専任教授として同大学において比較文学を講義するかたわら、本件三大学から非常勤講師として講義の委嘱を受け、本件三大学から非常勤講師料として別表一のとおりの各手当(本件手当)を受けていたこと並びに本件課税処分の経緯については当事者間に争いがない。

二  本件各処分はいずれも本件手当を給与所得と認定したものであるところ、原告はこれを雑所得であると主張するので、まずこの点について検討する。

1  本件手当が講義の時間数に基づいて支払われたこと、原告が本件三大学から賞与を支給されていないことは当事者間に争いがない。

2  給与所得の意義

所得税法は個人の所得をその発生態様または性質により一〇種類に分類するが、雑所得は他の九種の所得の「いずれにも該当しない所得」(同法三五条一項)とされているため、最初に給与所得の意義を確定する必要がある。

同法二八条一項は、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費、年金(過去の勤務に基づき使用者であつた者から支給されるものに限る。)、恩給(一時恩給を除く。)及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。」と規定し、その実質的な定義は与えていない。右俸給、給料等はいずれも例示として列挙されたものであり、右規定の主眼は「これらの性質を有する給与」にあるというべきであるが、右列挙されたものとの関連において考えると、「これらの性質を有する給与」とは、単に雇傭関係に基づき労務の対価として支給される報酬というよりは広く、雇傭またはこれに類する原因(例えば、法人の理事、取締役等にみられる委任または準委任等)に基づいて、非独立的に提供される労務の対価として、他人から受ける報酬及び実質的にこれに準ずべき給付(例えば、各種の経済的利益等)をいうと解すべきである。換言すれば、労務の提供が自己の危険と計算によらず他人の指揮監督に服してなされる場合にその対価として支給されるものが給与所得であるということができる。したがつて、その雇傭関係等が継続的であると一時的であるとを問わず、また、その支給名目の如何を問わないし、提供される労務の内容について高度の専門性が要求され、本人にある程度の自主性が認められる場合(国会議員の歳費や普通地方公共団体の議会の議員の報酬など可成り性質の異なるものも給与所得とされている。)であつても労務がその雇傭契約等に基づき他人の指揮監督の下に提供され、その対価として得られた報酬等である限り、給与所得に該当するといわなければならない。

3  非常勤講師の地位

前述したとおり、原告が本件三大学において非常勤講師の地位にあつたことは当事者間に争いがない。

ところで、大学の目的は、学校教育法によれば「学術の中心として広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させること」(同法五二条)にあり、大学設置基準(昭和三一年文部省令第二八号)五条は「大学は、その教育研究上の目的を達成するため、学科目制又は講座制を設け、これらに必要な教員を置くものとする。」と規定する。そして、学校教育法五八条によれば、大学にはその職員として教授、助教授等を置くほか、講師をも置くことができるとし、講師は教授または助教授に準ずる職務に従事するものと規定し、右講師については専任講師、非常勤講師等の差異は何ら設けていない。これに対し、大学設置基準は教員を専任教員と兼任教員とに分かち、例えばその六条一項は、主要学科目は専任の教授または助教授が担当するものとし、これを担当すべき適当な教授または助教授が得られない場合に限り、専任の講師または兼任の教授、助教授もしくは講師がこれを担当または分担することができると規定して、学科目及び講座は専任教員が担当することを原則とし、専任教員が不足する場合等に他学部または他大学の専任教員が兼任としてこれを担当することを認めている。そして、教員は一の大学に限り専任教員となるものとされているため(同一〇条)、一の大学において専任教員とされている者は他の大学においては兼任教員となるもので、同基準は学部毎に専任教員数を定め(同一一条)、兼任教員の合計数は全教員数の二分の一を超えないものとする(同一二条)。非常勤講師という用語は大学設置基準にも用いられていないが、常時勤務に服することを要しない講師を一般に非常勤講師と呼称し、成立に争いのない乙第二号証、第四号証及び第六号証によれば、本件三大学においては非常勤講師を同基準にいう「兼任教員」と同意義に用いていることが認められる。しかし、講師となることのできる者は教授もしくは助教授となることのできる者またはその他特殊な専攻分野について教育上能力があると認められる者(同一五条)であり、他の大学の教員であることは要件とされていないのであるから、他の大学の専任教員でない者(すなわち本務校を持たない者)、例えば弁護士や著述家等本業を有するが本務校を持たない者のほか本業をも持たない者も大学の講師となりうるものであり、このような講師が専任講師として採用されなければ、ここにいう非常勤講師に該る。そうすると、非常勤講師には、他大学において教授、助教授または講師である場合(すなわち専任教員として本務校を有する場合)もあれば、このような地位を有しない場合(すなわち本務校を有しない場合)もある(この点において被告が非常勤講師=兼任講師とするのは誤りである。)が、原告の場合、前述したとおり、同志社大学の専任教授であるので、原告は大学設置基準にいう兼任教員であり、結局のところ兼任教員として本件三大学においては非常勤講師たる地位にあるということになる。

4  本件三大学における非常勤講師委嘱の手続等

(一)  学校法人立命館

学校法人立命館は、本件各係争年当時非常勤講師を委嘱するには、通例、毎学年度開始前、当該学年度の教科課程(カリキユラム)を編成する過程において、各学部の事務当局者が非常勤講師の候補者との間で、同候補者に非常勤講師を委嘱すること、講師として担当すべき授業科目、授業時間数、授業日、委嘱の期間、報酬の金額等について折衝したうえ、非常勤講師の委嘱について内諾を得ると、立命館大学総長から講師予定者の本務校たる大学の学長に対し、講師予定者に非常勤講師を委嘱することの承諾を求める旨及び担当授業科目、担当時間、委嘱の期間(原則として当年四月一日から翌年三月三一日までの一年間)、手当の額が記載された文書をもつて、講師予定者に非常勤講師を委嘱することについての承諾を求め、この承諾を受けた場合には、各学部教授会、大学協議会の議を経たうえ、最終的に理事会が当該講師予定者に講師を委嘱することを決定し、原則として学校法人立命館が当該講師に対し、同人に立命館大学講師を嘱託する旨及び勤務すべき学部名が記載された「発令通知書」を交付して同大学講師を委嘱するという手続がとられていることは当事者間に争いがなく、前掲乙第二号証によれば、原告も学校法人立命館から右と同様の手続によつて同大学非常勤講師を委嘱されたものであることが認められる。

また、原告は、本件係争年当時、学校法人立命館から立命館大学の別に定める日時、教室において、同大学学生にスペイン語及び比較文学の授業科目の講義を行ない、これに対して所定の報酬を受けるべき講師を委嘱されていたものであることは当事者間に争いがない。

(二)  学校法人大阪学院大学

前掲乙第四号証によれば、学校法人大阪学院大学では、本件係争年当時非常勤講師を任用するについては、明文の規定は設けていなかつたものの、他大学の例にならつて、通常、まず非常勤講師を委嘱しようとする者との間で担当科目、講義時間数、委嘱期間(原則として各学年毎)等について折衝し(通常各学部の担当教授があたる。)、内諾を得ると、講師予定者の本務校の学長に対し、講師予定者に非常勤講師を委嘱することの承諾を求める旨及び担当科目、講義時間数、委嘱の期間が記載された文書をもつて、講師予定者に非常勤講師を委嘱するについての依頼をし、これに対し承諾する旨の通知を受けると、理事長等の決裁を受け、当該講師に大阪学院大学講師(非常勤)を委嘱する旨、委嘱する期間及び手当月額が記載された「辞令」を交付して、同大学講師を委嘱するという手続がとられていたこと、原告についても同様の手続により同大学非常勤講師を委嘱されたものであることが認められる。

また、原告は右当時学校法人大阪学院大学から、同大学の別に定める日時、教室において、同大学の学生にスペイン語の授業科目の講義を行ない、これに対して所定の報酬を受けるべき講師を委嘱されていたものであることは当事者間に争いがない。

(三)  学校法人天理大学

前掲乙第六号証によれば、学校法人天理大学では、本件係争年当時非常勤講師を採用するについては、まず非常勤講師に担当を委嘱したい授業科目の所属学科主任から学長宛に委嘱予定者の氏名、本務校における職名、天理大学において担当させたい授業科目名及び時間数を内申し、学長はこれを審議のうえ、理事長に「嘱託委嘱願」によつて申請し、理事長の決裁を得ると、講師予定者に天理大学非常勤講師を委嘱する旨記載した理事長名の「辞令」を交付して、同大学非常勤講師を委嘱し、これとは別に当該講師に対し毎学年度初めに担当授業科目、出講日時等を書面で通知するとの手続がとられていたこと、非常勤講師として委嘱する予定者の本務校の学長に対する出講承諾依頼は、当該講師からの希望申出があつた場合に限り行なうこと、最初一度委嘱されれば何かの都合で解嘱されるまで引続いて委嘱されるものとされていること、原告に対し昭和二九年六月一日非常勤講師(但し、当時同大学では「兼任講師」と呼称されていた。)を委嘱するについても同様の手続によつたことが認められる。

また、原告は、学校法人天理大学から昭和二九年六月一日、同大学のイスパニヤ語の講師を委嘱されて以来、本件係争年当時にも、同大学の別に定める日時、教室において、同大学の学生にイスパニア文学IIの授業科目の講義を行ない、これに対して所定の報酬を受けるべき講師を委嘱されていたものであること、同大学においては、原告に非常勤講師を委嘱するについて、原告の本務校たる同志社大学の学長からその承諾を得る手続は行なわれていないことは当事者間に争いがない。

5  原告の本件三大学における非常勤講師としての服務及び報酬

(一)  学校法人立命館

原告は、立命館大学において、毎年四月から翌年三月までの学年度の祝日、夏季、冬季等の休暇その他の休校日を除き、昭和四二年及び四三年度には毎週二日(月、水曜日)、昭和四四年及び四五年度には毎週三日(月、水、金曜日)の割合により、所定の時間、所定の教室で、同大学の学生に対しスペイン語及び比較文学の講義を行ない、各期末には、右各科目の試験につき出題と採点を行なつていたこと、原告は、本件係争年を通じ、学校法人立命館から右講師としての勤務に対する報酬として、同法人の館則中の「非常勤講師の給与に関する規定」及び「学外講師の旅費に関する件」の規定に従い、講義一週一時間について二四〇〇円の割合による手当及び一か月六〇〇円の割合による「車馬賃」を、毎月二〇日(休日等のときには前日)に支給されたこと、右各金額は夏季、冬季等の休暇中でも支給され、休講等があつても減額されることがなかつたことは当事者間に争いがなく、前掲乙第二号証によると、右手当は委嘱した期間における月額支給であつて、講義実働手当ではないこと、学校法人立命館では原告に支給した全額について給与所得の源泉徴収税額表「乙欄」を適用していることが認められる。

(二)  学校法人大阪学院大学

原告は、大阪学院大学において、毎年四月から翌年三月までの学年度の祝日、夏季、冬季等の休暇その他の休講日を除き、昭和四二年及び四三年度には毎週二日(金、土曜日)、昭和四四年及び四五年度には毎週一日(土曜日)の割合により、所定の時間、所定の教室で同大学の学生に対しスペイン語の講義を行ない、各期末には右科目の試験につき出題と採点を行なつていたこと、原告は、本件係争年を通じ、学校法人大阪学院大学から右講師としての勤務に対する報酬として月額三万五〇〇〇円の手当を毎月二五日頃支給されたこと、右金額は夏季、冬季等の休暇中でも支給され、休講等があつても減額されることがなかつたことは当事者間に争いがなく、前掲乙第四号証によると、同法人では原告に支給した手当は給与等の支払とし、源泉徴収税額表「乙欄」で源泉税額を控除していることが認められる。

(三)  学校法人天理大学

原告は、天理大学において、昭和四〇年度までは毎学年度毎週二日出講していたが、その後授業の方法が集中講義によるものとなり、昭和四三年度には七月に四日間で一単位、九月に三日間で一単位(計七日間で二単位)の、また、昭和四五年度には七月に三日間で一単位、九月に三日間で一単位(計六日間で二単位)のイスパニア文学の集中講義を、所定の日時、教室で、同大学の学生に対して行ない、右科目の試験につき出題と採点を行なつていたこと、原告は、学校法人天理大学から右講師としての勤務に対する報酬として、授業一単位につき昭和四三年には一万円の、昭和四五年には一万七二八〇円の各割合による「講義料」を各月の集中講義終了日頃に支給されたことは当事者間に争いがなく、前掲乙第六号証によると、同法人は右「講義料」等支払のための基準として「天理大学非常勤講師の給与」規定及び「天理大学集中講義講師の給与」規定があり、原告に対する右講義料は後者の規定によつたものであること、同法人では原告に対し右講義料のほか、一日につき八〇〇円の日当、交通費実費を支給し、税務上の処理としては、講義料についてのみ給与等の支払として所得税の源泉徴収を行なつていることが認められる。

6  本件手当の性質

以上の事実によれば、本件三大学は原告を各大学の非常勤講師として任用し、当該大学が必要と認めた学科目について、委嘱の期間、担当日、担当時間数を定めて原告にその学科目の講義を委嘱し、これに対して所定の報酬を支払うことを約したものというべきである。

そして、原告は、当該大学が定めたカリキユラムの一部である特定の学科目について、週のうちの特定の時限に(集中講義の場合は特定の日時に)、特定の場所で、ある程度長期にわたり継続して、当該大学の学生に対し講義を実施すべき義務を負うものであり、その講義の内容については大学側から細部まで拘束されるものではないが、当該大学のカリキユラムを実施する教員組織の構成員として、そのカリキユラムに示された大綱には従うべき義務を有するものといわなければならず、この意味において、非常勤講師たる原告は、当該大学の一般的指揮監督に服するものというべきである。

また、本件三大学は、右非常勤講師の勤務に対する報酬について、それぞれ専任教員の給与体系とは別に支給規定等を設け、これに基づき、週における講義時間数に応じた月額の手当額(集中講義の場合は単位数に応じた手当額)をあらかじめ定め、これを原告に対し毎月所定の日(集中講義の場合は講義終了日頃)に定額支給していたものであり、右手当については夏季、冬季等の休暇中でも支給され、休講等があつても減額されることがなく、講義内容の優劣等はその増減の対象となつていない。

以上のような勤務形態を前提とすれば、本件手当は、非独立的に提供される労務の対価たるもので、その労務の提供が自己の危険と計算によらず、他人の指揮監督ないしは教員組織の構成員としてその支配に服してなされるものとして、給与所得に該当すると認めるのが相当である。

以上の点に関し、原告は、まず本件手当が固定性・継続性を欠いているとして、給与所得に該当しない根拠の一つとするが、右に述べたとおり、労務の提供が自己の危険と計算によらず、他人の指揮監督ないしは組織の支配に服してなされるものである限り、その対価として支給されたものは給与所得と解してよく、必ずしも固定性・継続性を要件としなければならない理由はない。しかも、本件手当は、実際に実施した講義の時間数に応じて支払われたものでなく、立命館大学及び大阪学院大学においては、週における講義時間数に応じてあらかじめ定められた月額の手当額を、毎月所定の日に継続して支払われたものであり、天理大学においては、昭和四一年度以降集中講義による方法となつた後も、その単位数に応じてあらかじめ定められた手当額を、毎年特定の時期に継続的に支給されていたものであつて、いずれも休暇中も支給され、休講等があつても減額されなかつたことは先にみたとおりであるから、本件手当が固定性・継続性を欠いているとの原告の主張は採用できない。

なお、原告は、非常勤講師料は休講、休暇があれば減額されるのが原則であるというが、本件全証拠によるも本件手当についてこのような場合に減額された事実はなく、原告本人尋問の結果真正に成立したと認める甲第八号証によれば、同志社大学においても非常勤講師の手当は休講、休暇によつてとくに減額されておらず、成立に争いのない甲第一三号証によれば、その他の大学の例においても非常勤講師の手当は授業休止期間中も支給されていたことが認められ、これらによつても、休講、休暇によつて減額されるのが原則であるとは到底認められない。もつとも、右甲第一三号証並びに証人黒木三郎の証言によれば、大学によつては非常勤講師が病気その他本人の都合により一か月間全く休講した場合その月分は手当が支払われない例もみられるが、本件三大学及び同志社大学において、先にみたように、このような取扱いは認められず、右の如き取扱いが一般的であると認めることもできない。

次に、原告は、非常勤講師の地位は委嘱する大学の従属的服務関係にあるとはいえず、その職務遂行にあたつての計算と危険は非常勤講師が負担するとして、専任教員との種々の差異を挙げている。

原告が本件三大学から賞与を支給されていないことは当事者間に争いがなく、前掲甲第八号証及び第一三号証、成立に争いのない甲第九号証の二、原告本人尋問の結果真正に成立したと認める甲第五ないし第七号証、証人北野弘久、同黒木三郎の各証言、原告本人尋問の結果を総合すると、本件三大学において非常勤講師は、(一)健康保険、失業保険、厚生年金保険の加入資格、職員組合、共済組合等の組合員資格のいずれをも有しない、(二)就業規則が適用されない、(三)専任教員についての賃金規則、退職金規程も適用されない、(四)研究室、研究費が提供されない、(五)教授会に参加する資格が認められていない、(六)カリキユラム編成に関与できない、(七)夏季、冬季の一時金が支給されないとの勤務形態、処遇にあること、その他の大学においても非常勤講師は本件三大学とほぼ同様の勤務形態、処遇にあること(但し、退職金、一時金については一部支給されている大学もある。)が認められる。

ところで、非常勤講師も専任教員もともに大学が定めたカリキユラムを実施するうえでその大学の教員組織を構成するものであることは共通である。そして、右(一)ないし(三)、(七)にみられるような処遇上の差異が存することは、非常勤講師、特に本務校を持たない非常勤講師が劣悪な勤務条件の下にあるとはいいえても、所得分類の基準たる所得の発生態様ないし性質の如何とは関係がないといわなければならない。すなわち、給与所得に該当するか否かは、既にみたとおり、労務の提供が使用者の指揮監督に服してなされているか、労務提供における危険と計算は誰が負つているかを基準に判断すべきであり、多種多様な給与所得者について労務提供における処遇上の差異があるからといつて、その処遇が充分でない者の所得を給与所得でないとする根拠とはなりえない。右(五)にいう教授会は本来教授をもつて組織されているもので、助教授等を加えることもできるとされ(学校教育法五九条)、専任の助教授、講師であつても参加し得ないのを原則とする。したがつて、原告の主張によれば、教授会に参加し得ない専任の助教授等についても雇傭関係にないこととなるが、このような結論が誤りであることは明らかである。これは、大学の意思決定や運営に参画することが雇傭関係の存否を判断するうえで本質的なものでないことにあるといつてよい。右(六)のカリキユラム編成に関与できないこと、その他大学内部の各種委員会の一員になれないことも同様に雇傭関係の存否を判断するうえで何ら影響を及ぼさない。学生の生活指導についても同様に雇傭関係に本質的なものとはいえない。原告は、これらをもつて非常勤講師の地位が大学に対し服従的関係にないことの根拠とするが、理由がないといわなければならない。大学の教員が専門分野の研究を行なううえで右(四)にみられる研究費を必要とし、所得を生み出すに一般の勤労者より多くの必要経費を要するものということができる。しかし、必要経費の多寡が所得を分類するうえの基準となつているものとは解されない。これらの経費の支出は給与所得控除額では不充分であるかもしれないが、研究費が支給されないからといつて、本件手当が給与所得に該らないとはいえない。因みに、交通費については一定の限度において所得を生み出すための経費といいうるが、既にみたとおり、立命館大学及び天理大学では非常勤講師についても支給されており(大阪学院大学については不明)、前掲甲第一三号証によると、むしろ支給している大学が多数を占めているということができる。このように、すべての経費が大学から支給されていないものではなく、このような経費の存することをもつて本件手当が給与所得に該らないとする根拠とはなりえない。研究室の提供されないことが雇傭関係に影響しないことは明らかである。本件手当が、労務の提供について非常勤講師たる原告の危険と計算によるものでないことは先に述べたとおりであり、これが原告の負担にあるとする原告の主張は採ることができない。

また、原告は、非常勤講師の行なう講義の内容は、専門分野における知識の提供であり、その労務内容は非代替的な性格を有するものであつて、従属的服務関係の概念になじまないと主張するが、雇傭契約の目的たる労務の種類には制限がなく、高級労務または自由労務も雇傭の目的となりうるものであるうえ、原告の指摘する点は専任教員についても同様であるから、これをもつて、原告の本件三大学における雇傭関係を否定する根拠とはなりえない。

更に、原告は、非常勤講師料は実質において講演料と同じ性格のものであると主張するが、非常勤講師は、大学の目的に則り、当該大学の定めたカリキユラムを実施する教員組織の構成員として講義を行なうものであり、この点において各種の講演とは根本的に異なるところであり、したがつて、本件手当を講演料と同一に扱うべきであるとの原告の主張は採ることができない。

以上のとおり本件手当は給与所得に該当するものであり、これを給与所得と認めた本件各処分に違法はない。

三  次に、原告は、非常勤講師の手当について、各課税庁によつて給与所得とするか雑所得とするかその取扱いを異にする旨主張し、原告本人の供述はこれに副うものであるが、右供述部分は具体性に欠けるうえ、証人北野弘久の証言によれば、国税庁は幾一〇年にもわたり非常勤講師の手当を給与所得であるとの行政指導を行なつてきた事実が認められるので、原告の右供述部分はにわかに措信し難いものといわなければならず、他に各課税庁が取扱いを異にしているとの事実を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、本件各処分が租税平等主義、租税法律主義に反するとの原告の主張は、その前提を欠き、これを採用することができない。

四  次いで、原告は、税法の解釈として法文言が多義的であつたり、具体的な所得の認定要素に照らして法文に適合しないときは、納税者の有利に、または納税者の自主決定に委ねられるべきであると主張する。

しかし、既に説示したとおり、非常勤講師の手当について各課税庁がその取扱いを異にしているとの事実は認めるに至らず、本件手当は給与所得に該当するものであつて、所得税法二八条一項の意義が不明確であるということはできない。このように、用いられている当該用語の合理的な法解釈によつてその規定の意味内容が客観的に認識できる場合には、原告の主張する法理ははたらかないものといわなければならない。

五  原告は、本件各処分は信義誠実の原則に反し違法である旨主張するところ、左京税務署長が原告の昭和四三年分及び昭和四四年分の各所得税について原告に対し還付金を支払つたことは当事者間に争いがない。

申告納税方式の国税において納付すべき税額は納税者の申告により確定するのを原則とする。しかし、税務署長は、納税申告書の提出があつた場合において、課税標準、税額等がその調査したところと異なるときは更正するものとし(国税通則法二四条)、その更正については期間制限が設けられている(同法七〇条)。

ところで、所得税法一三八条一項による所得税の還付または同法一三九条一項による予納税額の還付は、確定申告書の提出があつた場合において、当該申告書に所定の金額の記載があるとき、当該金額に相当する所得税または予納税額を還付するものであるが、このような場合にあつても、税務署長はその制限期間内にある限り更正をなしうるものであることは明らかである。

また、このような還付があつた後、次年分の確定申告をした場合においても、右還付はただ当該申告書に所定の金額の記載があるためこれを行なつたものにすぎず、税務署長が調査したところに従つて右次年分について更正することは、右期間制限に触れない限り、何ら制限を受けるものとは解せられない。原告が主張するように、右還付したことをもつて税務署長が本件手当を雑所得と判定したものと解することは困難であり、本件各処分が信義則に反するとの主張は理由がない。

六  原告の本件各係争年分における総所得金額について

1  給与所得金額

本件各係争年分における原告の給与等の収入金額のうち同志社大学からの収入額(別表三の(1)<1><イ>)については当事者間に争いがなく、既に説示したとおり、本件手当(別表一)はいずれも給与所得であるから、原告の本件各係争年分における給与等の収入金額はこれらを合計したものとなり、別表三の(1)<1>のとおりとなる。

本件各係争年分における原告の給与所得控除額(同表の(1)<2>)はいずれも当事者間に争いがない。

そうすると、本件各係争年分における原告の給与所得金額は同表(1)のとおりとなる。

原告は、本件手当について、本件通達の規定を根拠に、その所得額算定にあたり適用すべき所得標準率を五六パーセントとすべきである旨主張する。

しかし、本件手当が給与所得であることは先に説示したとおりであり、所得税法は、給与所得金額はその年中の給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額とする旨規定し(同法二八条二項)、収入金額を得るために実際に要した必要経費が法定の給与所得控除額を超過した場合にも、その実額または超過分を個別的に控除する途は認めていないので、原告の主張する所得標準率を適用すべき余地はない。

2  雑所得金額

(一)  本件各係争年分における原告の雑所得の収入金額がいずれも別表三の(2)<1>のとおりであること、その内訳は同表(2)<1><イ>ないし<ニ>のとおりであることはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  被告は、雑所得の必要経費の算出にあたり、各収入金額に対し、重版本印税について二〇パーセント、原稿料について三〇パーセント、ラジオ・テレビ出演料及び講演料について各二五パーセントの経費率を主張する。

原告は、本件各係争年分における雑所得の必要経費の実額について何ら主張立証をなさないので、右必要経費の算出については推計によらざるを得ない。

成立に争いのない甲第四号証によれば、本件通達は、印税及び原稿料に対する昭和三一年度の所得標準率(収入一〇〇円あたりの所得金額)として、印税については「書きおろし」と「その他(再版の場合)」に分け、後者を八〇円とし、前者を更に「業とする者」と「業としない者」に分けて、「業としない者」を七〇円とし、原稿料については「業とする者」と「業としない者」に分けて後者を七〇円とし、その三項において、「『業としない者』の所得標準率を適用すべき者のうち、教授、助教授等学術研究に従事している者がその研究の成果を発表した場合のように、研究費その他執筆に要した経費が、『業としない者』の所得標準率を適用すべき者の通常の経費に比し相当に多いと認められる場合には、『業としない者』の所得標準率のおおむね二割程度をしんしやくした所得標準率を適用してもさしつかえない」旨規定していることが認められる。

原告は、本件通達の三項の規定を根拠に、雑所得のすべてにつきその必要経費を四四パーセント(印税及び原稿料の「業としない者」の所得標準率七〇円からその二割を減算すると所得標準率は五六円となる。)とすべき旨主張するところであるが、原告が本件各係争年分に得た印税が重版本であることは当事者間に争いがないので、本件通達にいう「その他(再版の場合)」の所得標準率八〇円を適用すべきこととなり、これによればその経費率は二〇パーセントとなる。また、実質的にみても、重版本が出版される場合は、初稿を執筆するときとは異なり、執筆者に必要経費がかかるものとは到底考えられないところであり、その経費率を二〇パーセントとするに合理的理由があるといわなければならない。

原稿料の経費率が三〇パーセントであるとする被告の主張に対し、原告はこれを争うが、右原稿料はいずれも原告が別に提起した課税処分取消訴訟で体験した事実を記述したことに対して支払われたものであるとの被告の主張については、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべく、これによれば、本件通達の三項の適用はないと解すべきであり、その所得標準率は七〇円となり、経費率は三〇パーセントとなる。また、実質的にみても、右のように自己が得た社会的体験を記述したにすぎない場合は、「業としない者」の所得標準率を適用すべき者の通常の経費に比較し相当に多いものとも認められず、その経費率を三〇パーセントとすることが合理性を欠くものとはいえない。

ラジオ・テレビ出演料及び講演料の所得標準率については、本件通達は何ら規定していない。これらの経費率が二五パーセントであるとする被告の主張に対しては、原告はこれを争うが、右ラジオ・テレビの出演はいずれも原告が専ら税務訴訟を通じて得た社会的体験を報告したにすぎないとの被告の主張については、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべく、また、講演料についても、同じ昭和四四年分の原稿料にある日本労働組合総評議会から得たものであることは当事者間に争いがないので、これも原告が専ら右税務訴訟を通じて得た社会的体験を報告したものと推認することができる。そして、原告の如きラジオ・テレビへの出演や講演を業としない者が、これらの中で自己の得た社会的体験を報告したにすぎない場合は、社会通念上特に必要経費を生ずることは考えられず、これらの経費率を二五パーセントとすることが合理性を欠くものとはいえない。

このように、被告の主張する経費率が不合理なものともいえず、原告はこれを超える必要経費を支出したとの立証をなさないので、原告の本件各係争年分における雑所得の必要経費は、被告の主張する経費率をもつて算出するを相当とすべきであり、これによれば、別表三の(2)<2>のとおりとなることは計算上明らかである。

そうすると、本件各係争年分における原告の雑所得金額は同表(2)のとおりとなる。

3  以上によれば、原告の本件各係争年分における総所得金額は右給与所得金額と雑所得金額を合計したもので、昭和四三年分が二八七万二八六二円、昭和四四年分が二九三万六三四三円、昭和四五年分が二八四万三七七三円であり、これと同額またはその範囲内の総所得金額を認定し、また、これを基礎として過少申告加算税を算出したものである本件各処分に何ら違法な点はない。

七  以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田坂友男 東畑良雄 森高重久)

別表一 非常勤講師手当の明細

年分

支給者

昭和43年分

昭和44年分

昭和45年分

立命館大学

288,000円

331,200円

345,600円

大阪学院大学

420,000

420,000

105,000

天理大学

20,000

34,560

合計

728,000

751,200

485,160

別表二 課税処分経緯表

年分

対象

昭和43年分

昭和44年分

昭和45年分

(一)

確定申告

総所得金額

2,520,983円

2,608,265円

2,643,173円

税額

59,900

△13,287

21,000

(二)

更正

総所得金額

2,865,253

2,981,453

2,848,445

税額

163,800

95,600

68,300

賦課決定

過少申告加算税

5,100

5,400

2,300

(三)

異議決定

(棄却)

(棄却)

(棄却)

(四)

裁決

総所得金額

(棄却)

2,940,803

(棄却)

税額

88,100

過少申告加算税

5,000

(五)

再更正

総所得金額

2,936,343

2,843,773

税額

86,600

67,300

賦課決定

過少申告加算税

4,900

2,300

別表三 総所得金額の内訳

年分

昭和43年分

昭和44年分

昭和45年分

備考

総所得金額

2,872,862円

2,936,343円

2,843,773円

(1)+(2)

(1)

給与所得金額

2,778,140

2,822,740

2,802,393

<1>-<2>

<1>

収入金額

3,043,140

3,170,740

3,235,826

<イ>

同志社大学

2,315,140

2,419,540

2,750,666

争いなし

<ロ>

立命館大学

288,000

331,200

345,600

<ハ>

大阪学院大学

420,000

420,000

105,000

<ニ>

天理大学

20,000

34,560

<2>

所得控除額

265,000

348,000

433,433

争いなし

(2)

雑所得金額

94,722

113,603

41,380

<1>-<2>

<1>

収入金額

123,590

156,233

55,200

争いなし

<イ>

重版本印税

73,090

22,400

22,400

同上

<ロ>

原稿料

32,500

93,833

22,800

同上

<ハ>

ラジオ、テレビ出演料

18,000

30,000

10,000

同上

<ニ>

講演料

10,000

同上

<2>

必要経費

28,868

42,630

13,820

<イ>

重版本印税

14,618

4,480

4,480

<1><イ>×20%

<ロ>

原稿料

9,750

28,150

6,840

<1><ロ>×30%

<ハ>

ラジオ、テレビ出演料

4,500

7,500

2,500

<1><ハ>×25%

<ニ>

講演料

2,500

<1><ニ>×25%

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例